
1960年9月14日 ― バグダッドでOPECが設立される
五つ目の国の名前
1960年9月14日、バグダッドでの会議を経て石油輸出国機構OPECが設立された。厨房の青年は、茶を運ぶ仕事の合間に、五つの国の名前を覚える。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
グラスを並べるとき、ハーシムは縁の欠けた一つをよけた。よく見なければ分からない傷だったが、唇をつければすぐ分かる。バグダッドの厨房で働き始めたころ、先輩にそう教わった。今日も同じことをする。会議に来た人がどれほど重要でも、茶の熱さとガラスの傷は同じだった。
廊下の向こうでは、石油を出す国々の代表が話し合っているという。国の名前を数える人がいた。イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ。最後の国だけ、ハーシムにはひどく遠く感じられた。地図で見た記憶はあるが、そこからここまで何を通って来るのか、すぐには思い描けなかった。
茶を注ぐと、グラスの底から色が立ち上がった。石油という言葉は町でも耳にする。けれど地下の油が、誰の手を通ってどこの暮らしへ届くのかは知らない。家で使う灯りや、道を走る車なら見える。目の前の物につながるまでの長い道は、たいてい彼の仕事場から見えなかった。
盆を運んで戻る途中、客のひとりに呼び止められた。茶をこぼしたらしい。ハーシムは布を持って戻り、卓の端を拭いた。相手は何か短く言ったが、聞き取れなかった。言い直そうとする顔に向かって、ハーシムは大丈夫というつもりでうなずいた。相手も少し笑った。それだけのやり取りだった。
厨房へ帰ると、先輩が新しい組織ができたらしいと話していた。石油を出す国が、ばらばらでなく話し合うためのものだという。詳しい仕組みを尋ねたが、先輩もまだ知らなかった。分からないことを、二人で分かったふりはしなかった。とりあえず次の盆が必要だった。ハーシムは布を絞り、濡れた場所を乾かした。
彼には小さな借金があった。大きな額ではないが、給金を受け取るたびに先に取り分けなければならない。今日の会議で来月から楽になるのかと考え、そんな簡単な話ではないだろうと思い直した。それでも、自分の国の名前が、遠い国の名前と並んで語られていることは、いつもの午後とは少し違っていた。
仕事の終わりに、よけておいた欠けたグラスを手に取った。捨てる前に、先輩へ見せる。これなら厨房で使えると言われ、彼は首を振った。自分たちの唇も切れる。言ってから少し強すぎたかと思ったが、先輩は傷の位置を確かめ、うなずいた。ハーシムはそのグラスを、使うものとは別の所へ置いた。
外へ出ると、まだ町には仕事を終えない人たちがいた。遠い国の客は、故郷へ何を持ち帰るのだろう。彼が家へ持ち帰るのは、茶の匂いのついた袖と、今日聞いた五つの国の名前だった。忘れないように順番に口の中で唱えた。最後の一つも、朝より少し言いやすくなっていた。
史実として確認できる部分
- OPECは1960年9月10〜14日のバグダッド会議で生まれ、設立合意の日付は9月14日である。[1・2]
- 創設国はイラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラの五か国。[1・2]