2026

09SEP16

水曜日

HISTORY STORY環境・技術
修理店で冷蔵庫を点検する架空の女性を描いた挿絵

1987年9月16日 ― モントリオール議定書が採択される

工具箱に残す宿題

1987年9月16日、オゾン層を破壊する物質を規制するモントリオール議定書が採択された。冷蔵庫の修理をする女性が、空の上の話と作業台とのつながりに気づく。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

冷蔵庫の裏へ回ると、床に落ちていた硬貨が見つかった。エリーズはそれを拾い、作業台の端へ置いた。持ち主へ返すものだ。モントリオールの修理店では、故障した機械から、関係のない暮らしの欠片がよく出てくる。子どもの絵、買い物の覚え書き、いつ入り込んだか分からない糸くず。

客は、直るなら使い続けたいと言っていた。エリーズもそう思う。ただし願いだけでは冷えない。電気を切ってから、部品を一つずつ確かめる。外から見える扉が立派でも、奥の小さな部分が働かなければ役には立たない。長く修理をしてきて、そのことだけは何度でも思い知らされた。

昼、同僚が新聞の話をした。この町で、空の上のオゾン層を守るための国際的な取り決めができたという。冷蔵庫などに使われてきた物質も関係があるらしい。エリーズは工具を置いた。空の高い所の話が、自分の作業台につながっている。その距離を、すぐにはのみ込めなかった。

彼女は仕組みを全部知っているわけではない。冷やすための物質が装置の中を巡ることは知っているが、その物質が空へ出たあとまで、毎日の修理で考えてきたわけではなかった。役に立つものに、別の場所では困る性質がある。そんな説明を聞くと、自分の仕事を急に取り上げられたような気持ちが少しした。

しかし目の前の冷蔵庫は、悪い顔をしていない。当然だ、と彼女は自分に言った。機械に顔はない。知らなかったことが分かったなら、こちらがやり方を覚え直すしかない。すぐ何に替わるのか、修理の手順はどうなるのか。同僚も答えを持っていなかった。二人は後で調べることを、忘れないよう書き留めた。

午後、客が様子を見に来た。エリーズは分かった故障と、まだ確かめている部分を分けて説明した。空の話を持ち出す前に、この機械の話を正確にする。客は買い替えを勧められると思っていたらしく、少し安心した顔をした。彼女は預かっていた硬貨も返した。それは客の知っている落とし物ではなかったが、二人とも笑った。

閉店後、作業台を片づけた。世界中の国が取り決めを作っても、明日の朝すべての機械が入れ替わるわけではない。古いものを扱う手も必要だろう。その手が昨日と同じでよいかどうかは、また学ばなければならない。エリーズは工具箱の蓋を閉める前に、調べることを書いた紙を内側へ差し込んだ。

外へ出ると、空はいつもと変わらなかった。変わらないように見えるものを守るために、見えない所の仕事が変わる。彼女は店の窓越しに、修理を待つ冷蔵庫を振り返った。知らないことが増えた一日だった。それを、腕が落ちたという意味にはしたくなかった。

史実として確認できる部分

  • モントリオール議定書は1987年9月16日に採択された。[1・2]
  • 対象はオゾン層を破壊する物質で、段階的な削減・廃止を定める。議定書の発効は1989年1月1日。[1・2]

参考資料・出典