2026

09SEP20

日曜日

HISTORY STORY映画
1940年代を想定した映写室でフィルムを運ぶ架空の助手の挿絵

1946年9月20日 ― 第1回カンヌ国際映画祭が開幕

暗くするための仕事

1946年9月20日、第1回カンヌ国際映画祭が開幕した。戦争で中断された計画が動き出す町で、若い映写助手が客席へ光を送る準備をする。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

フィルムの缶を運ぶとき、ジュールは腕を体へ寄せた。落とせば音だけでは済まない。カンヌに来てから、人に見られる仕事より、人から見えない所で慌てる仕事の方が多かった。今日から映画祭が始まる。表では晴れやかな服の人が行き交っているが、映写の準備をする部屋では袖口の邪魔な飾りは役に立たなかった。

先輩は、確認したことをもう一度確かめた。ジュールは少し焦れた。さっきも見ました、と言いかけ、缶を持つ手を緩めなかった。上映が始まってからの一分は、準備中の一分より長い。先輩に以前言われた言葉を思い出した。客は待つが、待っている人の数だけ、その一分は膨らむのだ。

町で国際的な映画祭を開く計画は、戦争の前にもあったという。ジュールにとって、そのころは遠く感じられた。何年という数より、その間に会わなくなった人の顔で時間を覚えていたからだ。にぎやかな場所へ戻ってくると、いない人のことも思い出す。楽しい日には忘れられる、というものではなかった。

廊下へ出ると、知らない言葉が聞こえた。どこの国かは分からない。ひとりが道を尋ねているらしく、ジュールは分かる範囲で指をさした。相手が違う方へ歩きかけたので、結局入口まで連れていった。礼の言葉も全部は聞き取れなかったが、肩の力が抜けた表情で通じたことが分かった。

部屋へ戻ると、先輩は何も言わず空いた場所を指した。ジュールは缶を置いた。暗くなった客席へ光を送るために、こちらでは光に頼って小さな部分を調べる。その当たり前が、今日は妙に面白かった。人が見る大きな画面は、誰かが近くで確かめた小さなものからできている。

彼は映画の題名を全部覚えていない。どの作品が評判になるかも分からない。だが客席で誰かが笑えば、その声はこちらへも届くだろう。同じところで笑わない人がいてもよい。長い間、町で聞こえる大きな音には身をすくめる癖がついていた。人が楽しんで立てる音に、少しずつ慣れ直したかった。

準備が整うと、急に手持ち無沙汰になった。ジュールは上着のほこりを払い、余計なものが足元にないか見た。先輩がこちらを見て、うなずいた。それが褒め言葉の代わりだった。ジュールは胸を張るのでなく、いつでも動ける位置へ足を置いた。始まってからも、仕事は続く。

向こうで人の声が静まっていく。画面を見る人々の顔は、ここからは見えなかった。見えなくてもよかった。ジュールは機械のそばに立ち、耳を澄ました。暗さが、何かを恐れて身を隠すためではなく、これから物語を見るためのものになる。その変わり目に、自分の手も少し関わっていた。

史実として確認できる部分

  • 第1回カンヌ国際映画祭は1946年9月20日に開幕した。[1・2]
  • 1939年にも開催が準備されていたが、戦争によって実現しなかった。[1・2]

参考資料・出典