
1937年9月21日 ― トールキンの『ホビット』が刊行
手の届く棚
1937年9月21日、J・R・R・トールキンの『ホビット』がイギリスで刊行された。書店の女性と、まだ買えない少年が、新しい本の前で短い時間を共にする。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
新しい本を並べるとき、ドロシーは背の高さだけで場所を決めない。子どもが手を伸ばせるかどうかも見る。ロンドンの小さな書店では、棚を増やすより、その前に立つ人を想像する方が安上がりだった。今日届いた『ホビット』を手に取り、彼女は少し低い棚を空けた。
著者のトールキンについて、何でも知っているわけではない。店へ来る本は多い。全部を読んでから勧められたらよいが、荷ほどきと掃除だけで午前が過ぎる日もある。知らないものを読んだふりはしないと決めていた。面白いですかと聞かれたら、まだ読んでいる途中です、と答えることになる。
午後、母親と少年が入ってきた。母親は用事の本を探し、少年は棚の端に立っていた。ドロシーはすぐに声をかけず、何を見ているか待った。子どもは話しかけられると、欲しいものではなく、大人に喜ばれそうなものを指すことがある。自分も昔、そうした覚えがあった。
少年の目が新しい本で止まった。届く場所だったが、手は伸びなかった。ドロシーは横へしゃがみ、見てみますかと尋ねた。少年は、難しいですかと言った。彼女は少し考えた。字の難しさと、話へ入れるかどうかは同じではない。初めの方を一緒に確かめましょうか、と答えた。
開いた本を二人の間に置いた。ドロシーは物語の文章を店中へ聞かせるような大声にはしなかった。少年が自分で読む時間を待つ。唇が少し動き、途中で止まる。分からない言葉を聞かれたときだけ、短く説明した。母親がこちらを見たが、急がせず、選んだ本を手に持ったまま待ってくれた。
少年はしばらくして、今日は買えないと言った。謝るような声だった。ドロシーは本を閉じて受け取り、元の場所へ戻した。買ってもらうのが仕事だということは忘れていない。けれど、今買えない人を追い出すための棚ではない。ここにありますから、とだけ伝えると、少年は場所を覚えるように棚の端を見た。
二人が出ていったあと、ドロシーはしばらく低い棚の前にいた。新刊がどれほど長く読まれるかは、今日の自分には分からない。大きな評判になる本にも、静かに消える本にも、最初に出会う午後がある。そこに立ち会った店員の名前は、たいてい誰も覚えていない。それで困ることはなかった。
閉店前、彼女は自分のために一冊を開いた。仕事として中身を確かめるつもりだったが、数ページ進むと時計を見るのを忘れた。やがて通りの物音で顔を上げ、栞の代わりの紙を挟んだ。少年にまた会ったら、今度は読んだところまで話せる。続きを勝手に教えてしまわないように、その点だけは気をつけようと思った。
史実として確認できる部分
- 『ホビット』の初版は1937年9月21日に刊行された。[1・2]
- 著者はJ・R・R・トールキン。のちに長く読まれる物語となったが、本文の人物は初日の時点でその未来を知っているわけではない。[1・2]