2026

09SEP24

木曜日

HISTORY STORY宇宙探査
インドの食堂で食事を用意し、探査成功を喜ぶ人を見る架空の女性の挿絵

2014年9月24日 ― インドの探査機マンガルヤーンが火星周回軌道へ

火星へ届いた朝の食事

2014年9月24日、インドの火星探査機マンガルヤーンが火星周回軌道に入った。ベンガルールで食事を用意する女性が、知らせを待つ人々の朝に立ち会う。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

大鍋の蓋を開けると、湯気が顔へ上がった。サヴィタは少し体を引き、火加減を確かめた。ベンガルールの朝は、今日はいつもより早く動いている気がした。火星へ送った探査機が、周りを回る軌道へ入れるかどうか。その結果を待つ人たちに、食事を出す仕事だった。

彼女は探査機の部品を一つも作っていない。名前を聞かれて説明できる専門の言葉も多くない。けれど、ここで働く人の中に、食べることを後回しにする人がいるのは知っていた。冷める前にどうぞ、と声をかけても、すぐ戻ると言って戻らない。そういう朝には、鍋の方が律儀に待っていた。

娘は学校で火星の話を聞いたらしい。赤いのはどうしてかと、前の晩に尋ねてきた。サヴィタは分からないことを認め、一緒に調べようと言った。娘は少し残念そうだったが、すぐ別の質問を始めた。宇宙へ行かなくても、質問だけなら遠くまで届くのだと、皿を洗いながら思った。

食器を受け取った若い人が、手を止めて時計を見た。サヴィタもつられて見た。決まった時刻へ近づくほど、仕事場の音が小さくなっていくようだった。探査機は遠くにあり、こちらが見ている知らせにも届くまでの時間があるという。目の前で起きていることのように見えても、目の前ではない。その距離は想像しきれなかった。

やがて向こうから拍手が聞こえた。誰かが走ってきて、入った、と言った。火星の周りを回る軌道に入ったのだ。サヴィタは手にしたひしゃくを落としそうになり、先に鍋の縁へ置いた。それから笑った。喜ぶときに何を持っているかまで、前もって考えておくことはできない。

食事を受け取りに来た人の顔が、さっきとは違っていた。眠そうなのは同じでも、力の抜け方が違う。サヴィタは盛りつけながら、おめでとうと言った。相手は彼女にも同じ言葉を返した。自分の手柄ではないと言いかけて、ありがとうと答えた。手柄の取り分を決めるために言われたのではないと分かったからだった。

少し落ち着いてから、娘に何と話すか考えた。お母さんが火星へ何かを届けた、とまでは言えない。今日も食事を作ったのだ。ただ、火星へ探査機を届けた人たちが、その食事を食べに来た。つながりを大きく言いすぎなくても、そのままで十分にうれしかった。

鍋の底が見え始めた。サヴィタは残りを集め、次の人の分をよそった。仕事が終わったら、娘と空を見てみよう。あれが火星だと確かめられなければ、分からないと言えばいい。今日は、分からないことを調べる人たちがどんな顔で笑うのか、娘へ話せる。湯気の向こうに、その顔がまだいくつもあった。

史実として確認できる部分

  • インドのMars Orbiter Mission(マンガルヤーン)は2014年9月24日に火星周回軌道へ入った。[1・2]
  • 探査機の打ち上げは2013年11月5日。火星への着陸ではなく、周回軌道への投入である。[1・2]

参考資料・出典