
1956年9月25日 ― 最初の大西洋横断電話ケーブルTAT-1が開通
海の向こうの沈黙
1956年9月25日、大西洋横断電話ケーブルTAT-1が開通した。スコットランドの電話交換手が、海の向こうへ声を届けることと、返事を待つ時間について考える。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
受話器の向こうで相手が黙ると、モイラはすぐ故障とは思わないようにしていた。言葉を探していることもある。急に懐かしい声を聞いて、何も言えなくなることもある。スコットランドのオーバンで電話の仕事をしていると、音だけで人を待つことに慣れてくる。
今日、大西洋を横切る新しい電話ケーブルが開通した。海の底を通って、北アメリカへ声を運ぶものだ。モイラの町の近くは、その長い仕組みの一方の端に当たる。海の向こうとの電話そのものが今日初めてできたわけではない。それでも新しい線について聞く人の声には、はっきりと期待が混じっていた。
彼女は海底を見たことがない。窓から見る海は表面だけで、その下でケーブルがどんな暗さを通っているかは想像するしかなかった。船なら姿が消えるまで見送れる。声は、見送ろうとしたときにはもう手元を離れている。目に見えないものを扱う仕事をしながら、ときどきその速さに驚いた。
交換の仕事では、相手の名前や番号を正しく聞く。聞き違えたまま急ぐより、もう一度尋ねる方がよい。今日もモイラは同じことをした。祝うべき新しい技術があっても、こちらの耳が勝手によくなるわけではない。周りの物音に気を取られず、受けた言葉を確かめた。
休憩中、同僚が、遠くへ電話するとしたら誰にかけるかと聞いた。モイラには海の向こうへ移った親戚がいた。何を話すだろう。手紙に書くほどでもないことを、たぶん最初に言ってしまう。元気か、そちらは寒いか。そんな短い言葉のために、大きな海を越す線が要るのだと思うと、おかしいようで納得もできた。
戻ってきた彼女は、椅子の位置を直した。長く座っていると肩がこる。海の向こうへ届く声も、こちらでは普通の体で受け止めるしかない。聞こえますか、と尋ねる声に応じながら、モイラは背筋を伸ばした。よく聞こえるという返事は、新しい日にふさわしい、飾りのない言葉だった。
仕事が終わっても、彼女自身がその日のうちに大西洋を越す電話をかけたわけではなかった。費用も都合も考えなければならない。便利になったという知らせと、すぐ誰もが使えることは同じではない。それでも、いつか声で話そうと書く手紙は、以前より具体的な約束になりそうだった。
帰り道、港の方へ少し目をやった。水面には線の姿など見えない。モイラは歩きながら、親戚へ最初に言う言葉を考えた。立派な挨拶は思いつかなかった。名前を呼び、少し待つ。それだけで、手紙では分からなかった息づかいが返ってくるかもしれない。今日はその沈黙まで、少し近くなった。
史実として確認できる部分
- TAT-1は1956年9月25日に開通した、最初の大西洋横断海底電話ケーブルシステムである。[1・2]
- スコットランドのオーバン側とニューファンドランドのクラレンビル側を結んだ。以前から存在した無線による大西洋横断電話や、海底電信ケーブルとは別の仕組みである。[1・2]