
1864年9月28日 ― ロンドンで第一インターナショナルが創設
違う傷のある掌
1864年9月28日、ロンドンで国際労働者協会、通称第一インターナショナルが創設された。会を訪れた架空のフランス人職人が、言葉の足りない相手と仕事の話をする。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
相手の言葉が分からないとき、バティストはつい大きな声で話してしまう。大きくしてもフランス語が英語に変わるわけではないのに、と自分で思う。ロンドンのセント・マーティンズ・ホールへ来る道でも、その癖が出た。道を教えてくれた人は困った顔をせず、同じ角を指さし直してくれた。
働く人たちが国を越えて集まる会だと聞いた。バティストは工具を扱う仕事をしていたが、誰かを代表して立派な演説をするために来たわけではない。違う国の職人が何を話すのか、自分の耳で確かめたかった。分かる言葉ばかりではないと知りながら来たので、分からないだけで帰るわけにはいかなかった。
中には大勢の人がいた。すべての職業が顔に書いてあるわけではない。それでも手を動かすときの癖や、上着の袖の傷みに目がいった。自分と似た暮らしをしているのかもしれないと思う。だが似ていることと同じことは違う。給金も、働く時間も、困っている事情も、聞いてみなければ分からない。
近くの人が短い言葉で話しかけてきた。バティストは分かる分だけ答えた。やがて二人は手振りで道具の形を示し合った。仕事が分かったとき、相手が笑った。バティストも笑った。国全体が分かり合ったわけではない。ただ二人の間に、今までなかった話の入口ができた。
会では、国際的な労働者の組織を作ることが決まった。バティストは周囲の反応を見て、聞き取れなかった部分を後で尋ねた。賛成の拍手をする前に全部を理解できたとは言えない。それでも、競い合わされるばかりでなく相談する場所を持つという考えには、故郷へ持ち帰って話すだけの重さがあった。
同じ場にいる人たちの考えが、みな一致しているわけではなさそうだった。言い方の強い人も、慎重な人もいる。バティストの仕事場でも、一つの道具をどこへ置くかで意見が割れる。国を越す組織なら、なおさらだろう。今日できたという知らせだけで、明日から何もかもうまくいくとは思わなかった。
外へ出ると、さっき話した人が戸口にいた。バティストは手を差し出した。握り返した掌は、自分とまったく同じではなかった。指の硬い所も、傷の位置も違う。似た者同士だから分かるのではなく、違う手でも握ることはできる。その方が、今日ここへ来た理由に近い気がした。
帰りの角ではもう道を尋ねずに済んだ。故郷で何を話そうか考える。会場の名前と、組織ができたことは忘れずに伝えよう。そのあとで、言葉が足りない二人が道具の形を作ってみせた話をしよう。大きな話の全部を理解するには時間がかかる。小さなやり取りなら、今の自分の手で覚えて帰れた。
史実として確認できる部分
- 国際労働者協会は1864年9月28日、ロンドンのセント・マーティンズ・ホールでの集会を契機に創設された。[1・2]
- マルクスが起草した創立宣言は同年10月の文書であり、その文章を9月28日の演説として本文に入れてはいない。[1]