
1966年9月30日 ― ボツワナが独立
新しい国の、水を運ぶ朝
1966年9月30日、イギリスの保護領だったベチュアナランドがボツワナ共和国として独立した。ハボローネの架空の女性が水を運びながら、新しい国に望むことを話す。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
ポンプの柄を押すと、水が遅れて出てきた。ケレボギレは桶の位置を直し、はねた水を足で避けた。ハボローネの朝、先に来ていた年長の女性が腕を休めていたので、続きを代わったのだ。今日はボツワナが独立する日だというのに、桶の重さは昨日と同じだった。
女性は、新しい国の名前を口にした。ケレボギレも繰り返した。以前のベチュアナランドという呼び方も耳に残っている。名前が変わることは、言い直せば済むようで、そう簡単でもない。手紙の宛先や、人にどこから来たかを説明するとき、これからはこの名を使うのだ。
昨夜から祝いの話をする人がいた。ケレボギレも見に行きたいと思っていたが、家の用事は先に済ませたかった。独立した日に水を運んでいたと後で話したら、地味すぎるだろうか。そう考えたとき、隣の女性が、少しだけ入れればいいと止めた。満杯では持ち上げられないのだという。
ケレボギレは柄を離した。親切のつもりでいっぱいにしても、相手には重荷になることがある。桶の縁から手を離し、どこまで運ぶのか尋ねた。途中までは同じ道だった。二人で一つずつ持って歩くことにした。水は歩幅に合わせて揺れ、こぼさないようにすると自然に足がそろった。
道で会う人と、今日のことを話した。これから何が変わるだろう。学校のこと、働く場所のこと、病気になったときのこと。立派な演説の言葉を全部覚えていなくても、望むことはそれぞれにある。ケレボギレは、水場まで来る道がもう少し楽なら、と言った。女性は、それも大事なことだと答えた。
家が近づくにつれ、腕が疲れた。彼女は一度桶を置き、指を開いた。国が独立したからといって、今日すべての困りごとが消えるわけではない。だからといって、何も始まらなかったことにはならない。何を先に直したいかを、自分たちの言葉で話す日が続いていく。その中に、自分の小さな希望も置いてよいのだと思った。
女性の家の前で桶を渡すと、お礼に少し休んでいくよう言われた。ケレボギレは腰を下ろした。祝いに遅れるかもしれないが、急いで立つ気にはならなかった。手のひらに残る持ち手の跡を見ながら、二人で水を飲んだ。国の名前を、女性がもう一度言った。今度は確かめるためではなく、話の中で自然に使っていた。
帰り道、ケレボギレの桶もまだ重かった。途中で休みながら運べばいい。家へ着いたら用事を済ませ、祝いの様子を見に行こう。今日のことをいつか話すなら、水を運んだ朝から話そうと思った。新しい国に最初からあった自分の一日を、華やかな場面だけに縮めてしまいたくなかった。
史実として確認できる部分
- ボツワナは1966年9月30日に独立した。それ以前はイギリスのベチュアナランド保護領だった。[1・2]
- 独立に伴い、ボツワナという名の共和国となった。[1・2]