2026

10OCT01

木曜日

HISTORY STORY交通
1964年の東京駅を想像した、鞄を持つ女性と青白い初代新幹線の挿絵

1964年10月1日 ― 東海道新幹線が開業

娘の台所まで

1964年10月1日、東京と新大阪を結ぶ東海道新幹線が開業しました。新しい列車に乗る一人の母親を通して、移動時間が短くなることの意味を描きます。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

切符は、昨夜から三度も確かめた。東京から新大阪へ。幸枝は小さな鞄を膝の前に置き、ホームの人の流れから半歩だけ離れて立っていた。忘れ物はない。そう思ってから、駅まで送ってくれた夫に、行ってきますを言い忘れた気がした。

白い車体に青い帯が通っている。先の丸い電車は、写真で見たときより大きかった。周りでは速さの話ばかりしていた。何キロ出る、何時間で着く。幸枝には、その数字を聞くたび、遠くに住む娘の家の玄関が少しずつ近づいてくるように思えた。

娘から来た手紙には、赤ん坊が生まれたとあった。その次の行に、たいしたことではないけれど、少し眠れない、と書いてあった。夫は祝いの品を送ればいいと言った。間違ってはいない。幸枝もそう答え、夜になってから押し入れの鞄を出した。自分が娘を産んだころ、誰かに何をしてほしかったのか、長く考えた末だった。

乗り口が近づくと、鞄の留め金が外れた。中から小さな布が滑り落ちる。隣の男の子が拾い、これは何、と尋ねた。洗って畳んだ、ただの手拭いだった。贈り物らしいものは、別の包みに入れてある。幸枝は布の端をそろえながら、「手を拭くもの」と答えた。ほかの使い道をうまく説明できなかった。

座席に落ち着いても、しばらく鞄を離せなかった。窓の外の人たちはこちらに手を振っている。誰かの家族も、ただ見に来た人もいるのだろう。幸枝も小さく手を上げた。自分を見つけたわけではない男の子が、勢いよく振り返した。さっきの子だった。窓一枚の向こうで、口が大きく動いた。いってらっしゃい、と読めた。

列車が動き出した。幸枝は速さを感じようとして窓の外を見つめたが、最初に気づいたのは鞄を握る手が緩んだことだった。娘の家に着いても、立派な言葉は出てこないかもしれない。赤ん坊を抱く手つきも、昔のようにはいかない。それなら洗い物をしよう。眠っていていい、とだけ言って、水を使わせてもらおう。

遠くへ嫁に出した、と近所の人には言ってきた。出したという言い方を、娘はどう聞いていただろう。帰ってくるのを待つばかりで、自分から行くことを後回しにしていた。窓の向こうを家々が過ぎていく。新しい線路ができたから来たのだと言えば、娘も余計な気を遣わないだろう。

幸枝は手拭いを一枚、鞄のいちばん上に移した。着いたらすぐ取り出せるように。初めて乗る列車の中で、娘の家の台所を思い浮かべた。どこに何があるか、ひとつずつ聞くところから始めればよかった。

史実として確認できる部分

  • 1964年10月1日に東京―新大阪間の東海道新幹線が開業した。[1・2]
  • 開業時には、丸みを帯びた先頭部を持つ初代の新幹線車両(後に0系と呼ばれる)が使われた。[2]

参考資料・出典