
1959年10月7日 ― ルナ3号が月の裏側を撮影する
まだ見ていない写真
1959年10月7日(UTC)、ルナ3号が地球から見えない月の裏側を撮影しました。撮影と画像の受信は別の段階。短編は、写真をまだ見ていない地上の作業員を描きます。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
月はこちらに同じ顔を向けている。その話を、アレクセイは少年のころ不公平だと思った。どれほど遠くまで歩けば、向こう側を見られるのか。父に聞くと、歩くだけでは難しい、と言われた。今夜、クリミアの受信設備のそばに立ちながら、その答えを思い出していた。
彼の仕事は、宇宙へ行く機械を作ることではなかった。地上の設備を点検し、言われた場所へ道具を運び、交代する人に状態を伝える。胸を張って説明すれば何か重要な役目に聞こえるが、家族には、遠くから届くものを待つ仕事、と言っていた。待つばかりなの、と息子には不思議がられた。
月の向こうへ回った探査機が写真を撮る。その計画を耳にしてから、アレクセイは何かを落としそうになるほど手元に気を遣った。自分が一本の線を確かめ忘れたために、遠くから来たものを失ったらどうする。普段も同じように働くべきだとはわかっている。それでも、今度の相手は取りに戻れない場所にいた。
交代の男が、見えたか、と冗談を言った。アレクセイは空を指ささなかった。写真はまだ、目の前にはない。撮ることと、こちらで受け取って見ることの間には、別の仕事と時間がある。「こっちは変わりなし」。点検の結果だけ答えると、男はうなずいた。それで十分な返事だった。
休憩の間、アレクセイは息子へ何と話すかを考えた。月の裏側、と言うと、息子は暗い場所だと思うかもしれない。こちらから見えないことと、太陽が当たらないことは同じではない。説明に使える丸いものを探して、手の中の小さな部品を見た。これは丸くもないし、家へ持ち帰ってはいけない。
隣の男に話すと、パンでも持って回ればいいと言われた。アレクセイは笑った。説明が終わる前に食べてしまいそうだ。月の話をしているのに、二人の話題は夕食へ移った。空には機械があり、地上には仕事を終えれば腹の減る人間がいる。その隔たりを埋めるために、道具も計算もあるのだと思った。
持ち場へ戻ると、風が少し強くなっていた。襟を合わせ、もう一度足元を確かめる。劇的な音が鳴ることも、空の色が変わることもなかった。今日という日が何の日として記録されるのか、自分の小さな作業がそこに含まれるのかも、まだわからない。
帰ったら息子には、写真を見たとは言わないつもりだった。見ていないからだ。代わりに、誰かが見るための準備をしてきたと話そう。待つだけか、とまた聞かれたら、今度はうなずける。待つものを失わないようにする仕事もある。アレクセイは道具をそろえ、次の点検の時刻を確かめた。
史実として確認できる部分
- ソ連のルナ3号は1959年10月7日、月の裏側の最初の写真を撮影した。[1・2]
- 月の裏側とは地球から見えない側を指し、常に暗い側という意味ではない。最初の写真は太陽光の当たる裏側を写した。[1]
- 29枚が撮影され、裏側のおよそ70%を覆った。地上への画像送信は撮影より後の段階だった。[1・2]