2026

10OCT11

日曜日

HISTORY STORY考古学・保存
鋼の支持枠に支えられたメアリー・ローズの残存船体と見守る人を想像した挿絵

1982年10月11日 ― メアリー・ローズの船体が引き揚げられる

拍手がやんだあとの船

1982年10月11日、16世紀の軍艦メアリー・ローズの船体が海から引き揚げられました。持ち上げる仕事と、その後に守り続ける仕事を、港で働く架空の男性から描きます。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

船の形に見えた瞬間、トムは息を止めた。それまでは、海から上がってくる大きな骨組みを見ているようだった。鋼の枠に支えられた木が、水を落としながら姿を現す。帆も、まっすぐ立つマストもない。それでも、そこに人が乗っていた船なのだとわかった。

ポーツマスで働くトムは、海にある物がいつまでも同じ形をしていないことを知っていた。金属はさび、木は割れ、塗ったものは剝がれる。だから古い船を引き揚げると聞いたとき、持ち上げられるのかという心配が先に立った。見つけることと、壊さずに持ち帰ることは、別の難しさだった。

隣にいた男が、王の船だ、と言った。メアリー・ローズ。名前は何度も耳にした。トムはうなずいたが、王のことを考えてはいなかった。狭い場所で道具を探した人や、食事を待った人が、あの木のすぐそばにいたはずだ。王の名前がなくても、船の上では一日が長かったり、短かったりしただろう。

父も船の仕事をしていた。子供のトムに作業の話をするとき、父はいつも、道具を元の場所へ戻せと言った。なくせば怒られるからだと思っていた。自分が働くようになってから、探している間に別の人を待たせることや、暗いところで足元に物がある怖さを知った。

今、海から上がっているのは、父が生まれるよりずっと前の船だった。その古さは想像できても、長さとしてはつかめない。トムは、昨日使った道具の置き場所を思い出した。年月を大きな数で数えるより、一日の終わりに誰かが手を止める場面を考える方が、人のいる船として近づける気がした。

誰かが声を上げるたび、トムは支える枠を見た。喜んでよいのか、まだ待つべきか、遠くからはわからなかった。周りの人の顔を見ても、同じように目を離せずにいる。長い時間をかけた準備を、自分たちは今、短い瞬間として見ている。その違いを忘れたくなかった。

濡れた木を乾かしてしまわないようにする仕事も、このあと続くのだという。海から出せば終わりではない。トムは、いちばん大きな作業が済んだあとほど、細かい手順を省きたくなる自分の癖を思い出した。船を守る人たちは、今日の拍手がやんでからも、この木を見続けるのだろう。

持ち場へ戻るころ、手の中の布が湿っていた。知らないうちに握り続けていたらしい。トムは広げてから丁寧に畳んだ。机には昨日のままの工具があった。まずそれを片付けた。海から戻った船に何かを教わったと言うのは大げさだが、今日は、次にここを使う人の手を思い浮かべることができた。

史実として確認できる部分

  • 1545年に沈没したヘンリー8世の軍艦メアリー・ローズの残存船体は、1982年10月11日に引き揚げられた。[1]
  • 船体は鋼製の支持枠に載せられた。引き揚げ後は木材の急激な乾燥を防ぐ処置が続けられた。[2]

参考資料・出典