2026

10OCT12

月曜日

HISTORY STORY食・祝祭
1810年のミュンヘンでパンを運ぶ見習いを想像した挿絵

1810年10月12日 ― オクトーバーフェストの起源となる王太子の結婚

親方が見たもの

1810年10月12日、ミュンヘンで王太子ルートヴィヒとテレーゼが結婚しました。その祝いがオクトーバーフェストの起源です。短編では祝いの日にも働くパン屋を描きます。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

祝いの日にも、生地は待ってくれない。ルーカスが戸口の方を見るたび、親方は作業台を指でたたいた。ミュンヘンの町へ出れば何か面白いものが見えるに違いない。けれど、パン屋の見習いが見てよいのは、まず目の前のパンだった。

王太子が結婚する。相手の名はテレーゼ。町では何日も前からその話が出ていた。ルーカスには王族の家族のつながりは難しく、覚えた名前もすぐ混ざった。ただ、祝いのために人が集まり、自分たちの作るものを食べる。それなら、自分にも少し関係があると思えた。

外へ運ぶ分を任されると、ルーカスは嬉しさを隠そうとして失敗した。親方は、走るな、と言った。走れば早く戻ってまた出られるかもしれないと考えていたところだった。戸口を越えて振り返ると、親方はもう次の生地へ手を伸ばしている。あの人は今日も町を見ないのだろうか。

通りでは、いつも急いでいる人が立ち話をしていた。子供は大人の脚の間から向こうを見ようとしている。ルーカスは運ぶものを傾けないように進んだ。自分も見たいのに、両手がふさがっている。声をかけられて立ち止まると、知り合いの少年が、競馬もあるんだって、と言った。今日ではなく、これからの祝いの話だった。

店へ戻る途中、小さい子が泣いていた。連れの女は人に道を尋ねながら、その手を引いている。迷ったのか、疲れたのか、ルーカスにはわからなかった。見に来ただけでも大変なのだと思った。空いた両手が少し気楽になった一方で、自分だけ早く帰れることが申し訳ないようにも感じた。

店に戻ると、親方が、何を見た、と聞いた。叱られると思い、まっすぐ帰ったと答えた。「それは聞いてない」。ルーカスは、立ち話をする人と、泣いている子と、競馬の話をした友達のことを順番に話した。王族の姿は見なかったと言うと、親方は、そうか、とだけ答えた。

そのあと、作業台の端で一つのパンを割った。親方は片方を渡し、残りを自分で食べた。町全体が何かを祝うとき、食べるものを作る人には、祝う時間が少ない。ルーカスは今まで、それを当たり前だと思っていた。今夜、親方が何を見たかと家で聞かれたら、自分の話をするのだろうか。

食べ終えると、親方は外の空気を吸ってくると言った。ルーカスは作業台を引き受けた。焦げつかせるなよ、と言われてうなずく。遠くのにぎわいが、開いた戸から一度大きく聞こえた。親方が戻ったら、何を見たか聞こう。名高い祝いのことではなく、この短い時間に、その人が見てきたものを。

史実として確認できる部分

  • 王太子ルートヴィヒとテレーゼの結婚式は1810年10月12日にミュンヘンで行われた。[1・2]
  • 祝いの締めくくりの競馬は10月17日。12日に現代的なビール祭りや競馬が開催されたようには描かない。[1・2]

参考資料・出典