
2002年10月16日 ― 新アレクサンドリア図書館の正式開館式
知らないまま入れる場所
2002年10月16日、新アレクサンドリア図書館の正式な開館式が行われました。古代の図書館をそのまま復元した建物ではなく、新しく知識を受け渡す場所として、架空の職員を描きます。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
本の背をそろえると、腕に残っていた重さが消えた。ナディアは一歩下がり、棚を見た。アレクサンドリアの新しい図書館には、見上げたくなる場所が多い。けれど本を運んでいる間、目に入るのは通り道と、人の足と、ぶつけてはいけない角だった。
今日は正式な開館を祝う日だ。建物について尋ねられたら答えられるように、ナディアは何度も説明を読んだ。古代の図書館の名を受け継ぐ場所。世界の知識を集め、人が学ぶための場所。大きな言葉は覚えられたが、自分の声で話すと、誰かの文章を借りている感じが残った。
母は、どんなところか見たいと言っていた。ナディアは忙しいから落ち着いてから、と答えた。母は本を読むのが得意ではない。文字を追うより、人から聞いて覚える方が早い。新しい職場を説明するとき、ナディアは本の多さばかり話していた。それでは母が自分とは関係のない場所だと思ってしまうかもしれなかった。
休憩の前、通路で年配の人に道を尋ねられた。ナディアは覚えた説明を始めかけ、相手が困っているのは建物の歴史ではないと気づいた。同行者と別れ、どこへ戻ればいいかわからなくなったのだという。ナディアは近くの案内へ一緒に歩いた。数歩ごとに立ち止まり、相手の速さに合わせた。
その人は礼を言って、こんなに広いと迷うね、と笑った。ナディアも、私もまだ覚えている途中です、と答えた。知っている人と、知らない人がいるのではない。今、知っている道が違うだけなのかもしれない。仕事中は何でも答えられなければと思っていた肩の力が、少し抜けた。
棚へ戻り、本を一冊持ち上げた。題名を読んでも、中身までわかるわけではない。ここで働いている自分も、知らないことの方がはるかに多い。そう思うと、母を連れてくるのに必要な準備は、説明を全部覚えることではなかった。座れる場所と、わからないときに尋ねられる場所を知っていればよかった。
大きな読書室へ光が落ちていた。古代の建物がそのまま戻ったのではない。失われたものを元に戻せないからこそ、今ある本を置き、今ここへ来る人を迎える。その仕事には、今日一日の式典より長い時間がかかる。ナディアは返す本を抱え直し、棚と棚の間へ入った。
帰ったら母に、迷うと思う、と正直に言おう。それから、一緒なら探せる、と続けよう。読めない本があっても、知らない言葉があっても、それを恥ずかしく思わない場所になってほしかった。次の一冊を棚に戻すとき、ナディアは背をそろえるだけでなく、手を伸ばす人の高さを考えた。
史実として確認できる部分
- 新アレクサンドリア図書館の正式開館式は2002年10月16日に行われた。[1・2]
- 新しい図書館複合施設であり、古代の蔵書や建物がそのまま戻ったものではない。[2]