2026

10OCT18

日曜日

HISTORY STORY領土と暮らし
1867年のシトカの作業場から港を眺める架空の職人の挿絵

1867年10月18日 ― アラスカの引き渡し式が行われる

いつもの窓の重さ

1867年10月18日、シトカでロシアからアメリカへのアラスカ引き渡し式が行われました。条約の締結日と分け、町で修理をする架空の職人の戸惑いを描きます。

ここからは、架空の人物による歴史短編です。

港へ向かう人の流れと反対に、パーヴェルは作業場へ戻った。忘れ物をしたのではなかった。何かを取りに戻る理由が欲しかった。シトカの丘では、ロシアからアメリカへ土地を引き渡す式が行われる。町のことを話す言葉が、急に自分の暮らしより大きくなっていた。

作業台には、直しかけの取っ手があった。依頼した人の顔は知っている。代金を受け取る約束もしている。旗が変わったら、その約束も変わるのだろうか。そんなはずはないと思う一方で、何が今までどおりなのか、誰に聞けば確かなのかわからなかった。

ここへ来たころ、パーヴェルは山と海ばかり見ていた。故郷で聞いた話とは違うところを探し、手紙へ書いた。だが仕事をするうちに、近所の人の歩き方や、よく壊れる扉の重さの方を覚えるようになった。場所に慣れるとは、大きな風景が小さな用事に分かれていくことなのかもしれなかった。

戸口に隣人が来た。式を見ないのかと聞かれ、あとで行くと答えた。隣人は作業台を見て、今日もそれか、と笑った。パーヴェルは、これは今日直す約束だから、と言った。言い訳のつもりだったが、口にすると少し気持ちが落ち着いた。今日中にすることが、自分にも一つある。

引き渡される土地という言い方を、人は簡単にする。けれど、ここには自分が来るずっと前から暮らしている人たちがいる。彼らがこの日に何を思っているか、パーヴェルは知らない。自分の戸惑いだけを、この町全体の気持ちのように話してはいけないと思った。

取っ手を合わせ、動かしてみた。まだ少し引っかかる。式の音らしいものが遠くから聞こえて、手を止めた。窓から見える水面は変わっていなかった。だから何も変わらない、と言うこともできない。目に見えない約束や、誰が決めるかということが、これから暮らしの中へ入ってくるのだろう。

夕方、依頼した人が来た。パーヴェルは修理したものを渡し、確かめてもらった。相手は何度か動かし、これならよいと言った。それから式の話を始めた。パーヴェルは途中で口を挟まず聞いた。自分が見ていないものは、見ていないものとして聞くしかない。

客が帰ると、明日の仕事を机に置いた。ここに残るのか、別の場所へ行くのか、まだ決められなかった。窓を閉める前に港を見た。知っている町の中で、これから新しく尋ねなければならないことが増える。パーヴェルは取っ手に手をかけた。いつもの重さで窓が閉まり、その重さだけは、自分の手が確かに覚えていた。

史実として確認できる部分

  • アラスカの正式な引き渡し式は1867年10月18日、シトカで行われた。[1・2]
  • 購入条約の締結は同年3月であり、10月18日は現地の引き渡しの日である。[2]
  • ロシアによる植民地支配以前から先住民が暮らしていた。短編のロシア系職人の視点を住民全体の視点とはしない。[3]

参考資料・出典