
1886年10月28日 ― 自由の女神像の除幕式
肩越しの銅色
1886年10月28日、ニューヨークで自由の女神像の除幕式が行われました。当初の像は今の緑色とは違う銅色。遠くから像を見ようとする父娘を描きます。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
父は思ったより大きい、と言った。エレンは、何が、と聞き返した。父は答えず、水の向こうを指さした。遠くに立つ像は、銅の色をしていた。紙の上で見たときには、どれほど大きいかわからなかった。近くの船と見比べて、エレンはようやく父が驚いた理由を理解した。
ニューヨークの港には、人を見に来たのか像を見に来たのかわからなくなるほど、視線が集まっていた。自由の女神の式がある日だった。エレンと父は、立派な席に招かれたわけではない。見える場所を探して歩き、ここなら少し見えると立ち止まった。
父は途中で何度も、寒くないかと聞いた。寒いと答えれば帰ることになる気がして、エレンは平気だと言った。父の上着の袖も湿っていた。仕事を休んで連れてきてくれたことは知っている。けれど、ありがたいと思いながらも、像が小さくしか見えないことを残念に感じていた。
「もっと近くへ行けないの」。尋ねると、父は、今日はここからだ、と答えた。エレンは黙った。像について大人が語る自由という言葉は、どこへでも行けることに似ていた。だが実際には、人の肩に遮られ、立ち入れる場所も限られている。言葉と目の前のことが、うまく重ならなかった。
父はエレンの表情を見て、少ししゃがんだ。抱き上げようとしているとわかり、エレンはもう重いよと言った。父は確かめるように腕を回し、ほんの短い間だけ持ち上げた。視線が高くなり、像の輪郭がはっきりした。エレンは像より先に、父の息が大きくなるのを聞いた。下ろして、と頼んだ。
足が地面につくと、父は膝に手を置いた。無理をしないでほしかったのに、見えたことは嬉しかった。エレンは、見えた、と言った。それだけでは足りず、持っているものや、腕の向きを説明した。父は知っているはずのことを、初めて聞くようにうなずいた。
近くの人が、フランスからの贈り物だと話していた。エレンは、こんな大きなものを受け取ったら、何を返すのだろうと思った。父に尋ねると、長く大切にすることも返事になる、と言った。それは像の話なのか、別の話なのか、よくわからなかった。
帰り道、エレンは父の袖をつかんだ。迷子にならないためだけではなかった。像の顔は遠くて見えなかったが、父が自分を持ち上げたときの顔は覚えている。今日見たものをあとで聞かれたら、大きさだけを話すのはやめようと思った。人の肩越しに見えた銅色と、ほんの短く高くなった景色のことを話したかった。
史実として確認できる部分
- 自由の女神像は1886年10月28日に正式に披露され、クリーブランド大統領が式に参加した。[1・2]
- 像はフランスの人々からアメリカへ贈られた。外装は銅で、現在の緑色は経年変化による。[2・3]
- 式の日は雨や霧のある天候だったと国立公園局の解説にある。[1]