
1920年11月2日 ― KDKAにつながる選挙結果のラジオ放送
母の順番
1920年11月2日、ピッツバーグで、KDKAの出発点となる米大統領選の開票結果放送が行われました。自作受信機の前で耳当てを回す家族を、少年の視点で描きます。
ここからは、架空の人物による歴史短編です。
ジョセフの家には、雨が降ると音を立てる窓があった。父はいつも、その音だけで天気を当てた。けれど今夜は雨も降っていないのに、台所の机からざりざりと音がした。
兄が組み立てた受信機だった。木の板に部品が並び、細い線が窓の外へ伸びている。ジョセフが触ろうとすると、兄は肘で押し返した。
「そこを動かしたら、最初からだ」
父は上着を脱がずに椅子へ座った。仕事帰りの靴は、机の下で横を向いている。選挙の結果を聞けると兄が言うので、食事の後も部屋を出なかった。
ピッツバーグの人たちは、その夜の選挙の行方を知りたがっていた。ジョセフには候補者の違いがよく分からない。父が夕食で口にした名前と、兄が得意そうに言う名前は同じだった。それより、知らない人の声がこの机まで届くという話が気になった。
兄が黒い耳当てを両耳に押しつけた。しばらくすると、背中をまっすぐにした。
「来た」
声は兄にしか聞こえない。ジョセフは机へ耳を寄せた。父が笑い、兄に耳当てを貸すよう言った。兄はまだ調節が要ると言って、渡そうとしなかった。
父は大きな手を差し出した。兄がやっと外すと、父は受け取り、頭にはめた。さっきまでふざけていた顔から笑いが消えた。眉を寄せ、何度かうなずいた。
「男が喋っている」
ジョセフは父の口元を見た。父は数字と地名を家族に伝えた。母が流しから振り返り、聞き間違いではないかと尋ねた。父は返事をしかけたが、また何か聞こえたらしく、片手を上げた。
「少し待ってくれ」
父がそんな言い方をするのは、家の外で誰かと話すときだけだった。ジョセフは窓を見た。暗い空に線が一本伸びている。声の主は、そこを渡って来たのだろうか。
ようやく順番が来た。父の頭には合っていた帯が、ジョセフにはゆるかった。兄が後ろから押さえた。ざり、と音がして男の声が途切れた。もう一度ざり、と鳴り、それから言葉が続いた。
ジョセフは息を止めた。知らない部屋に一人で入ってしまったようだった。声の主はこちらの息を聞かず、家族の顔も見ず、落ち着いて話している。
「聞こえるか」
父の声は、片方の耳の外から聞こえた。ジョセフがうなずくと、父は母にも聞かせるよう促した。もう少し聞きたかったが、母が濡れた手を前掛けで拭くのを見て、耳当てを外した。
その夜、ジョセフは眠る前に父の上着を椅子から取った。机の下には、まだ父の靴があった。兄も父も寝室へ行ったのに、母は耳当てをしていた。数字の合間に何か聞こえたらしく、誰にともなく小さく笑った。
史実として確認できる部分
- 1920年11月2日の夜、ピッツバーグでハーディングとコックスの大統領選に関する開票結果がラジオで放送された。[1・3]
- 放送情報はピッツバーグ・ポストから電話で伝えられた。音声の無線放送自体には、この日より前の例がある。[1]
- 初期の家庭用自作受信機ではアンテナと有線のイヤホンを用いた。NISTの史料は1922年の自作鉱石受信機説明書を紹介している。[2]
- KDKA百周年資料は、当夜の放送に8ZZの呼出符号が使われ、KDKAがその後の放送名称になった経緯を説明している。[3]